半笑いの戦記

「拷問」

 みりみりみり、と音を立ててタケシはタカシの右手小指の爪を剥いだ。悲鳴。

「どうだ、さあ本当のことを言え」

「言う言う。おまえがアニキを轢き殺したって事、おれは知っていながら知らないフリを」

 
 がきがきがきき、と音を立ててタダシはタカシの前歯をヤットコで抜いた。絶叫。

「どうだ、さあ本当のことを言え」

「あうあう。おらえが妹を犯して樹海に捨てらろき、おれはぐうれんハイキングで居合わせれ」


 じゅじゅじゅじゅじゅじゅ、とタヒチはブロートーチをタカシのボンノクボに押し付けて焦げ目をつけた。その間にアスパラを湯がきます。

「どうだ、さあ本当のことを言え」

「まうまう。まうまうまうまうまうまうまうまうまう」


 次の順番を待つタブチはなにも訊きたい事がないのだが、タカシのことだから、きっと思いもよらないナイスなサプライズをくれるはずだと確信してバッターボックスに立つ。

サテン ト オリ

その建物はどちらも周囲の風景と溶け込む事ができない。

利用者はある種の律法に基づいて選抜され、どちらもある種のユニフォームを強要される。

書物の閲覧は自由だが、その内容に対する検閲は非常に厳しい。

音楽の放送も自由だが、その内容に対する検閲は非常に厳しい。

管理者は絶対であり、利用者は管理者の一挙手一投足に怯えねばならない。

供される料理はどちらも簡素であり、原価は非常に抑えられている。

どちらも脱走を企てるものが現れるが、成功する確率はきわめて少ない。

それらの綴りはどちらもCではじまりEで終わる。

星を売る

「面接に行った先で「将来的にはどんな仕事に就きたいですか?」と問われ、「夢を売る仕事がしたいです」と答えるや「いい仕事があるんだよ」フタタで背広を買う。

仕事はインチキ介護商品を売り歩く傍ら「星の権利」を売る、というもので、やってみると一週間で根元から外れてしまう手摺りなんかよりも星の権利のほうが売れる、売れる。

営業本部もおれの成績を見て「我が社も真剣にこの新事業に力を入れねばならぬ」ということになり、すっごく後頭部が凹んだ元ヨゴレが部下に配属され、ヨゴレももともと才能があったのかふたりして星が売れる、売れる。

そうこうするうちヨゴレの元・本家筋から紹介された大陸系マフィアが宇宙人だということで料亭で意気投合。ワールドワイドに星が売れる
売れる。

なにしろ元手が掛からないものだから会社もホクホク、昇給ボーナス慰安旅行。フタタを買う。

好事魔多し。銀河系をあらかた捌いたあたりでヨゴレが出奔。新興宗教にハマる。ちゅうか設立。折悪しく大陸系の宇宙人も本国に強制送還され、会社は倒産。泣く泣くフタタも手放す。

三畳の部屋で黙考すること数日。夕焼け空見上げればすべて売約済み。沈む夕日。落日。下。ん?

……というわけで南半球にはまだ手付かずの星が残ってるわけで、ニュージーランド行きの飛行機代があと三千円足りないので、お金を貸してくれないか?」

私はためらうことなく玄関のドアを閉じた。

Dと踊る

役所ロビー前のガラス窓を鏡に見立てて、深夜ダンサー志望の若者が踊っている。
和気藹々ななかにも垣間見える、ひたむきな姿。
一生懸命な姿は美しい。

ガラス窓の足元にはホームレスがダンボールにくるまって、いままさにすべてを無効にしようとしている。

Dと踊れよ。

岬にて

なにひとつわかりあえない関係を清算しようと岬に連れ出し、結局なにもできず、帰宅すると電話が鳴り出し、「きょう岬で私を突き落とそうと思ったのでしょう?」と言われ、最後の最後にしてやっとわかってもらえた事に気づく。

捲るな

深夜、寝付けず、薄明かりのもとで、手探りで本棚を物色する。
眠りが訪れるまでのつかの間のあいだ、読むための軽い書物を探していたのだが、手にとってはいけない本をうっかり選んでしまう。
後悔したが、他の本と取り替えてはいけない決まりなので、震えるからだを寝床にすべりこませ、その本をひらく。
最後のページだけは、なにがあっても開いてはいけないことは重々承知しているのだが、読み進むにつれ、眠気もどこかへ行ってしまい、汗まみれ、全身を布団のなかで硬直させながら、徐々に最後のページが近づいていることに気づくが、意思に反してページを捲る手は止まらない。
最後のページになにが書いてあるのかは知っているし、その時わが身に何が起こるのかもわかっているのに、指先はまた新たなページを開く。
脳髄と眼球が反乱を起こし、布団のなかで身体は激しく震えている。
本を閉じさえすればいいのだ、そう気がついても加速度的にページを捲る手は止まらない。
カーテンの隙間から朝日が差し込んできた。最後のページまで、あと一枚。布団を弾き飛ばして飛び上がり、両目を硬く閉じたまま音を立てて本を閉じる。
激しく玄関を叩く音がして、郵便受けから最後のページが差し込まれる。

洗濯日

仕事が終わって、雪がふるなか、洗濯へいきました。

かなり溜め込んでいたので、洗濯機に入りきれないそれを、無理から詰め込んで、小銭を投入してから、私はおもむろに置いてあるパチスロ漫画雑誌を読みはじめました。

洗濯屋のなかには私と、もうひとり女性の方がいるのですが、私も座っている室内中央にあるベンチには座ろうともせず、天井から吊り下げられたテレビを、立ったまま、じっと、見ています。

スロットをやらない私は、パチスロ漫画を読んでも、なにひとつ、さっぱりわからないのですが、符丁や暗号だらけの台詞や、コピーだらけの絵に、なにやら秘教的な匂いを感じていて、まったく内容を理解できないのに頁を繰る手を止める事が出来ません。

とつぜん、私の使っている洗濯機が「ごいんごいん・どどどど」と音を立て始めたので、ごく自然な感じで洗濯機の横腹に蹴りをくれてやると、また静かになったので、私はまた、パチスロ漫画にもどりました。

パチスロ漫画雑誌を読み終えると、少年漫画雑誌を読みました。やがて洗濯がおわり、乾燥機に衣類を押し込むと、また漫画を読みました。

何冊か読むうちに乾燥機がとまり、私は洗濯物を袋につめると、その店を出ました。

女性はあいかわらず、立ち尽くしたまま、電源の入っていないテレビをみています。

 仕事を終え、いつものように日課のストーキングを続けていたところ、今夜にかぎって女はいつもと違う道を歩いていく。なにしろ完全完璧に女の習性・行動を知り尽くしているおれは若干の不安に駆られながらも、一定の距離を保ちながら女の後をつけることにする。

 女は振り返りもせずどんどんどんどん歩いてゆく。おれは女の尻だけに意識を集中していたので、いつしか街を遠く離れ、だだっ広い荒地に出ていることに気づくのが遅すぎた。

 満天の星空の下、突然女は立ち止まり、おれのほうに向き直る。星明りと、遠くに瞬く街の明かりからでは、女の表情は読み取れない。
 女とおれの距離は約五メートル。
 女がおれに向かって大きく両手を広げる。
 女は笑顔に違いない。
 笑顔でないはずがない。

 おれも何度も鏡で練習した、これまた最高の笑顔を浮かべ、女のもとへ駆け出す。

 突然、地面が消え去り、視界から女も消える。
 穴に落ちた。それも、かなり深い。
落下の衝撃で舌を噛んだらしく、口中に血の味がひろがる。
 おいおい、脚の骨も折れたようだ。

 これでは明日仕事にいけないではないか。

 頭上から、女の笑い声が響く。なにかを引きずる音と共に。
 「変態!キチガイ!死ね!死んでしまえ!」

 どこに隠していたのか、女は大きなトタン板でこの穴を塞ごうとしているようだ。

 死ぬのかなぁ、死ぬんだろうなぁ、と思っていたら、ずるずるっ、という音がして女が落ちてきた。

 見上げると、トタン板は女の落下の際、つかまろうとしたせいか、見事に穴に蓋をしてしまったようだ。

 完全な暗闇のなかで女の悲鳴が響き渡る。

 おれは折れた脚の痛みも忘れて、まず最初にどう自己紹介をしたものかと考えている。
プロフィール

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